昨日、cafeで勉強中…

後の席で
ママ友同士が“旦那の嫌いなところについて“
話していた。


よく出くわすシーン。


旦那ではなくても
彼氏や彼女、夫や妻、子供、親族、知人、友人、
会社の先輩や後輩など

不満や愚痴、悪口。


そこで悪口を言っても
そこで共有するその時間内の感情は、


“普通以下の嫌いに近い感情のみ“


好きという感情はまずない。


その瞬間は
ストレス発散にはなるかもしれないが
長期的に考えれば、ストレスも不満が積み重なっただけになる。



僕自身、 
その時のパートナーについて
今まで友達にも知人にも
“自分のパートナーの評価を落とすこと“は
言ったことがないから、理解できないだけかもしれない。



ただ、
自分のパートナーや友人など
自分に関わる周りの人の評価を落とすような
愚痴や悪口は、

結果的に
“自分の評価を落としてるだけ“ではないか。




自分だけを棚に上げても
結局は自分が批判してる環境にあなたがいる。


周りを否定することは
間接的に自分を否定しているのと同じ。



周りの評価=自分の評価




仮に
愚痴や不満を誰かにアウトプットをしても

その会話の最後で締めくくるのは
その対象者の“良いところ“ や“好きなところ“の
アウトプットで終わる方が

そのストレスは
本当に発散できたということになるのでは?



愚痴や不満を言ったらダメとかではなく、
言うならば終わり方も考えること。



不満だけを伝えても
それを理解した友人がその熱に合わせ、同調して
追撃をしてくれるでしょう。




「あ〜スッキリした!」



その心理は 
ネットで誹謗中傷してスッキリしてる人と
なんら変わらないストレス発散方法。


でも、
世間ではそれを“ストレス発散“というけれど
僕は逆だと思っていて、
“新しいストレスを次から次へと生み出してるだけ“
ではと思ってしまう。



だから、
愚痴を言う人は
また日常生活で新しい愚痴を探すし、見つける。

それで新しいネタにして
嫌いという感情を抱いて、
また愚痴る。


ネットで誹謗中傷する人も
その負のサイクルの連続。




僕がその愚痴る人に愚痴るならば、
「ただ、ストレス発散と思いたいだけでは?
 そりゃパートナーもあなたを好きならないよ」





昨日の人は
結構キツいこと言っていたので、
恐る恐るどんな人なのかと2人の顔を見てみた。




再確認したのは、
“人が悪口を言う時の顔は
 見た目とか関係なく、ブサイクなんだなぁ“




どんなに綺麗な人でも
その瞬間はとてもないブサイクになる。




悪口を言ってる自分を
客観視したり、鏡でみたり、動画を撮ってみると

自分で自分の顔は好きになれないと思う。



おそらく周りで見てる人からも
あなたは幸せそうにも、綺麗にも見られない。
笑顔にもさせない。

 


僕の場合、仕事以外では
愚痴や悪口しかないグループや飲み会、環境には
自分から“お金“も“時間“も絶対に使いたくない。


そのような他人の癖も思考も感染伝染する。
コロナよりもタチが悪い。



笑顔で終わるとか、
「良いやん」「凄い」「カッコいい」「天才」
とかで終わる会話で終わりたいよね。


誰かと対話する時は
基本的にその軸に戻れるように
そこで終われるように
僕の場合はする。




パートナーは1番自分をわかってくれる存在。




感謝!尊敬!愛情!
そこに必ず帰結すること。



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