『お客様は神様』


今では死語の1つ。


僕は昔、
ホテルマンの経験もあり、
高級フレンチ、鉄板から

旅館、居酒屋やマクドナルド、王将、カフェなどで
バイトした経験もある。



働いてる当時は
「お客様が神様である」みたいな
考えを押し付ける人はいなかった。


そもそも
「お客様は神様です」は、

“サービスを提供する側の姿勢の問題であって、
 顧客側から要求するものではない“

と、考えます。



でも、今
当時を振り返ると
「やっぱりお客様は神様」と思える。



ただ少し考え方は違う。



たくさんの良い顧客やお客様に
出会えたことで、


○自分自身の考え方やビジョン
○人とのコミュニケーションのとり方
○サービス業のあり方
○今の仕事や人間性に繋げてくれてる
○頂くお金と提供するサービスの対価
○本当に神様と思える人に出会えたことなど


それらを踏まえた時に
“自分を変えてくれた“神様ではある。


神様という言葉がここでは的確なのか
分からないけれど、
自分の1つの定義として感じてもらえばよいかと。




今は立場変わって、
ホテルや旅館、飲食店を利用する側。



2つの立場をどちらも経験すると
両方とも経験しないと
“見えない視野や思考“が付く。




サービスを受けると
料理人、フロント、サービスマン、
部屋や施設を綺麗に管理してくれているハウスキーパー、
そこの運営に関わる全ての人たちことそが

“神“

だと感じる。



お互いが尊くて、おごそかな気持ちを持てるから
その空間には、

神(提供側)と神(提供される側)が合わさり、


“神神しい(こうごうしい)“
という敬意が生まれる。




店員に横柄な態度を取る客や
店員を立場的に下に見てしまう人を見ると


“この人は今まで誰かに尊敬されたり、
 誰かを本当に尊敬したことがない人なんだぁ“

と思ってしまう。




それを分かりやすい数値で表現するならば、


“ありがとう“


という言葉を、
本当の気持ちで


“言われることが少ない“
もしくは、
“言ったことが少ない“
が当てはまる。




これはサービス業だけの話ではなく、
友達、恋人、家族、ビジネスパートナーなど

“人と関わる“ところ全て言えることではないかと。



言わない
言えない
言わなくてもよい
言いたくない
言う必要もない
言ってもらえることをしていない


その量が減れば減るほど
“人を尊敬する。尊敬される“
からは遠ざかる。



結果、
「言わせたい」という命令口調になる。

それが「俺は(私は)神様だぞ」の
無理やりな尊敬の欲求になる。



知らない人を
グーパンチで殴り続けているのに
「感謝しながら、丁寧なおもてなししろ!」
そんな理不尽なことはない。





本当の気持ちで“ありがとう“を
言われたいならば、
どっちの立場関係なく

言われることが少ないならば
まずは自分から言うことを増やすこと。

自分から信頼してもらう回数を増やすこと。




おもてなしをされたおならば
おもてなしされるマナーや言動、人になること。

横柄な態度や言動で
本当の気持ちでおもてなしされるはずがない。



自分自身が逆の立場で
同じような横柄な態度をされて
心の底からその人のことを尊敬して

“おもてなし“したいと思えるのか?



どちらの立場になってもリスペクトは大切。



それがお互いにあれば
そこには“負の感情や雰囲気“は1つも出ない。



感情も雰囲気も作り出すのは “人“

そして、それを壊すのも “人“



本当に神様と思えるのか、
疫病神や破壊神と思われるか。



そう考えるとどっちに転んでも
「お客様は神です」ね。




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